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奥鐘山に登りました [登山]

奥鐘山は、黒部峡谷鉄道(トロッコ電車)の終点欅平の奥にある大岩壁を持つ岩山です。
1938年12月27日、黒部第3発電所建設の(仙人ダム)資材運搬用トンネル工事(現関電黒部鉄道)で、日電黒部水平歩道の途中にある志合谷に設けられた、鉄筋5階建ての堅牢な作業員宿舎が泡雪崩(ホウナダレ)の直撃を受け、宿舎の原型そのまま数百メートル離れた対岸の奥鐘山の大岩壁まで吹き飛ばされ、84人もの犠牲者を出したという、悲劇を見た山でもあります。
その辺の詳しい描写は吉村昭の小説「高熱隧道」に著わされています。

そしてその大岩壁はクライマー垂涎の的として多くの岳人が挑んだといわれています。しかし今は訪れるクライマーも少なくその登攀記録はネットで調べても見当たりません。

その奥鐘山の山頂についに立つ事が出来ました。

と言っても、当然クライミングで山頂に立ったわけではありません。
祖母谷温泉から餓鬼山越えて大黒鉱山跡から唐松岳に延びる登山道の途中<南越>という所から、ヤブ漕ぎ2時間半・往復5時間半かけて完全藪山を制覇しての奥鐘山山頂でした。
まさにカモシカ永井、カモシカになった気分の奥鐘山ではありました。
山頂には三角点も山頂標識もありません。
P9070749.JPG


紀伊半島に消す事の出来ない大きな爪痕を残した台風12号が過ぎ去るのを待って、八方ゴンドラ駅に向かいました。8時の八方ゴンドラ始発には平日にもかかわらず、天候の回復を待ちかねた登山者が30名ほど列を作りました。


昨年も同時期に歩いている道ですので時間も読めて、登山者のしんがりをゆっくり歩きました。
八方池から見る不帰の剣方面も台風の湿った空気が残り、まだすっきりとはしていません。
P9060735.JPG


唐松岳山頂小屋には丁度正午に着きましたが、生憎ガスが上がってきて、展望がありません。
唐松岳登頂は諦めて、祖母谷に下る道に入りました。
唐松岳の山腹を巻く道は鎖場などもあり結構緊張させられます。
P9060736.JPG


唐松岳山頂~下る稜線に出ると立派な登山道が延びていて一安心です。
グングン下って最低鞍部に来ると沢水を取る事が出来ます。今日の夕食用と明日の飲料水を4リットル程確保しました。ぐんと重くなったザックを担いで餓鬼山への登り返しです。
大黒鉱山跡です。どんな鉱物を採取したのでしょうか。歴史を偲ばれる登山道でもあります。
P9060737.JPG



大黒鉱山跡から20分ほどで稜線に登り返すと餓鬼山が目の前に見えてきました。
稜線付近は崩壊が激しくガレバも見て取れます。
P9060738.JPG



大黒鉱山跡からコースタイム1時間となっていましたが、いけどもいけども山頂にたどり着きません。結局1時間20分ほどかかって餓鬼山山頂に付きました。山頂標識は倒れて横になっています。
P9060739.JPG



そして下りは木の根の絡まる急坂となり緊張の連続です。慎重に歩いて17時過ぎの餓鬼山避難小屋到着となりました。昨年と殆んど同じ時刻でしたが、やはり2度目の余裕で昨年ほどの疲労感はありませんでした。

持参したビールを担ぎ上げた水で冷やし、二合ほどの焼酎をあおって、1日目の夜を過ごしました。
勿論誰もいないカモシカ永井さん貸切の餓鬼山避難小屋でした。
P9060740.JPG



2日目

2日目の朝はすっきりとした天気です。
朝日を浴びて輝く剱岳を拝みます。
ズームで撮りました。
P9070741.JPG


鹿島槍ヶ岳は黒い巨体を見せていました。
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ウドンの朝食をとり、祖母谷への南越道を緩く下ってゆきます。
左側の剱岳が更に輝き始めました。
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餓鬼の田圃からは大きく右に折れて傾斜をまして下ってゆきます。
そして奥鐘山に派生する尾根の取り付き点南越に着ました。しかし踏み跡か赤布があると思われた付近には何も見つかりません。
南越を少し下った小さな水場付近にザックをデポし、付近を見渡します。
P9070750.JPG


水場から少し見上げれば稜線が延びている事が分かります。
P9070751.JPG


そしてやおら薮に突っ込みました。
P9070745.JPG


富山の藪山大王Mさんから送っていただいたGPSの軌跡の入った地図を手に尾根を外さないように薮を漕いで行きます。
時々赤布が下がっていましたが、赤布頼りにはできません。
背丈を越える笹薮の中慎重に進みます。時々現れる赤布に「人間の勘などはそれほど違いが無いものだ」と思うのでありました。
途中に小さな1493mピークがあるのも道選びに有効です。ここまで50分ほどです。


更に奥鐘山目指してヤブ漕ぎは続きます。やがて右側に大きく切れ落ちた崖に立つと、奥鐘山本峰の急傾斜に取り付きます。奥鐘山山対は薮も疎らになって、踏み跡らしきものが見られます。委細構わず高みを目指すと、尾根に取り付いてから2時間半後11:10に念願の奥鐘山山頂にたどり着きました。
山頂には三角点も山頂標識もありません。枯れたシラビソの木が目印でしょうか。
緊張とヤブ漕ぎで喉はからからでしたが、酵母パンとポカリを口にして腹の中に流し込みました。
大岩壁をクライミングしてきたものもここからはヤブ漕ぎで何越に下ったそうです。
P9070749.JPG


展望も樹林に阻まれてあまり良いものとはいえません。
剱岳方面がわずかに開けていました。
P9070747.JPG



再びヤブ漕ぎをしながら戻ります。
来た道を帰るといっても、同じ道を帰るとは行きません。
何回か逡巡しながら、赤布を見つけては安堵しながらの下山です。
1493mピークに戻れば一安心です。


結局登りと同じ時間をかけて水場に戻りました。


跡は滑りやすい道を南越沢に下ります。
眼前には明日行こうと思う清水尾根から白馬岳に延びる道が見えていました。
P9070752.JPG


南越沢で体を拭いて、祖母谷温泉へのヘツリ道を下ってゆきます。
唐松岳~南越道を下る道ではここが一番の難所で、更に終点も近いのでいっそう気を引き締めて下りました。
そして祖母谷温泉には16:00に着きました。
P9070753.JPG



剱岳を開いた佐伯源蔵さんの子孫が経営すると言う祖母谷温泉小屋です。
女将さんはとても人当たりの良い方です。
食料を持参してきたので素泊まりで宿泊手続きしました。
「明日、白馬岳に登り返す」と言ったら、梨を一つくれて「気をつけてね」と声かけてくれました。
そして宿泊者5人・夫婦者1組は夫々別々の部屋に泊めてくれました。
知らないもの同士相部屋よりはやはり一人で休んだほうがよく休めますね。
私はオ○ラが我慢できない体質ですから本当にありがたく思いました。(品の無い話で・・・)


早速露天風呂に浸かります。
昨年も同じ湯に浸かりましたが、今年は何しろ奥鐘山登頂の感激も一入ですから、気分が違います。
メタボ腹を思い切りへこましてご満悦の入浴写真です。ちょろっといちもつが出ていましたので修正しました。
P9070754.JPG


ナルシスト永井、もう一枚です。
完全に祖母谷温泉ファンになってしまいました。「又来年これるとよいな~」
P9070756.JPG



小屋前のベンチで、粗末でも心のこもった料理で一人酒盛りです。
ロング缶のビールと、焼酎で心地よい酔いに浸ります。
P9070758.JPG



明日は
1.祖母谷~不帰岳避難小屋に入り翌日白馬岳に登り返す
2.欅平から水平歩道を阿曽原温泉に歩いて翌日黒部ダムに向う
3.欅平~トロッコ電車で宇奈月に下る
三つの選択肢がありますが、天気の崩れも無さそうだし、当初計画の通り白馬岳登り返しを決意して小屋の布団の中で爆睡したのであります。

下の廊下を黒部ダムまで歩く計画は「山友むらしげさん」との以前からの約束もあります。
今年は計画目白押しですので来年には実現したいものと思っています。


白馬岳登り返しに続く



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コメント 5

activeママ

私が、今年のお盆の「白馬岳」行ったのは記憶に新しいです
 白馬山頂から、旭岳をみて、向こうから(祖母谷)歩いてくる登山者を何人かみてました。いずれも単独で、健脚の方だろうにと、凄いな~とながめてました。




by activeママ (2011-09-12 21:38) 

臆崖道

ほほう~ついに奥鐘山に登頂されましたか!
素晴らしいというか、5時間以上のヤブと単独で戦われたその根性には頭が下がります。ヤブ漕ぎも2人以上で交代してやった方が楽でしょうからね。

大黒鉱山は銅が採れたらしいです。この辺りの山は、鉱山跡があちこちに残っていますね。小黒部鉱山(池ノ平小屋の近く)はレアメタルのタングステンやモリブデン、管理人の菊池さんは鉱山のハナシとなると、目を輝かせて雄弁になります。
蓮華鉱山は、ほとんど実用にはならなかったみたいですね。
by 臆崖道 (2011-09-12 21:43) 

kamoshikanagai

activeママ さん
コメント有難うございます。
確かにこのコースはストイックなコースですね。
先日も2日間ですれ違った登山者(祖母谷に下山する方)は4人でした。その内一人は単独女性で「祖母谷で温泉とビールが待っている」といそいそと下って行きました。朝6時前に白馬山頂を出て一気に祖母谷に下るそうです。そんなに急がなければ不帰岳避難小屋で休んで問題ないコースですよ。来年挑戦してみては如何ですか?お供してもよいですよ。
by kamoshikanagai (2011-09-13 09:59) 

kamoshikanagai

臆崖道さん
台風12号の被害はありませんでしたか?
私も11月初めに紀伊南部の山を予定していましたが、山登りどころでなくなりましたね。竜神温泉など思いで深い場所が被害にあって心が痛んでいます。
しばらくはあの辺の山々には入れませんね。しばらくどころか永遠になんてことの無い事を祈りたいです。

奥鐘山は猛女2人と4人パーテイの予定でしたが、台風のため単独行になりました。ヤブ漕ぎは単独行のほうが切り替えが早くて良い結果の時もありますよ。交代でヤブ漕ぎと言ったって直ぐ後ろにつけるとは限りませんから、結局は後ろに付いてもヤブ漕ぎしなければなりません。

大黒鉱山は銅鉱山でしたか。あそこから鉱石を祖母谷まで担いで下ったのでしょうかね。索道を使ったことは分かりますが・・・。

by kamoshikanagai (2011-09-13 10:09) 

伊藤準一

奥鐘山山頂について
1985年時点では、奥鐘山山頂に四等?三角点がありました。
現在では登る人は少ないですが、当時の西壁は、結構盛況でした。
山頂から南越への下降も意外と整備されていましたが、三角点が真新しかったので、三角点を取り付けるために刈り払ったのかも知れません。
by 伊藤準一 (2014-09-21 09:54) 

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